踊る前に支えることを学ぶ|パルマとフラメンコの敬意
更新日:10月5日
踊る前に、支えることを学ぶ
若い頃の私は、踊り手を目指す他の若者たちと同じように、とにかく踊りたいと思っていました。
もっと上手になりたい。もっと強くなりたい。もっと技術を身につけたい。そして、自分自身の踊りを表現したい。
でも、私が育ったフラメンコの世界には、とても自然な考え方がありました。
前に出ることを望む前に、まず後ろで支えることを学ぶ。
後ろにいるということには、たくさんの意味があります。聴くこと。その場にきちんと存在すること。入るべきところ、待つべきところを知ること。人を支えること。そして何より、パルマをきちんと叩けることです。
パルマは、時間が余ったら勉強するものではありませんでした。私たちにとって、それはフラメンコを学ぶための大切な基礎の一つでした。
ハレオは、授業の一科目というより、フラメンコを聴き、人と一緒に過ごし、その空気の中で少しずつ覚えていく部分もありました。でもパルマは、コンパス、音、タイミング、気持ち、そして責任を持って、きちんと学ばなければならないものでした。
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なぜでしょうか
フラメンコは、一人だけでは成立しないからです。
今日、私が踊っていて、後ろで仲間たちがパルマをしてくれているとします。踊っている私は、そのパルマを必要としています。コンパスを感じ、安心して踊り、後ろからエネルギーを受け取りたいのです。
でも明日は、その仲間の一人が踊るかもしれません。その時は、今度は私がその人を支えなければなりません。
もし私が自分の踊りだけしか勉強してこなかったら、どうなるでしょう。その人に、どんなパルマを送ることができるでしょうか。
ここに、私がとても大切にしている言葉があります。敬意です。
パルマを学ぶことは、仲間への敬意を学ぶことでもあります。踊り手へ、歌い手へ、ギタリストへ。
コンパスの合わないパルマ、必要以上に大きなパルマ、意図のないパルマは、叩いている本人だけの問題ではありません。その影響を受けるのは、そこで踊り、歌い、演奏している人なのです。
だから私は、パルマを学ぶことにも、振付や足の技術を学ぶことと同じくらい大切な価値があると思っています。
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カマロンと、今も心に残る場面
映画『カマロン』には、私にとってこの考え方をよく表している場面があります。
歌いたいという大きな思いを抱いてマドリードへ来た若いカマロンが、プロの世界の現実に出会います。舞台の中心に立つ前に、クアドロの一員として後ろに入り、パルマを叩くことも求められるのです。
そのカマロンは、フラメンコが生んだ偉大なアーティストの一人です。
私はこの場面をいつも大切に思ってきました。パルマを叩くことが罰だからでも、もっと大切なことをする前の低い段階だからでもありません。まったく逆なのです。
伴奏することもフラメンコ。後ろで支えることもアーティストとしての仕事。聴くことも学びです。
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レッスンでパルマを大切にする理由
私がレッスンでパルマを何度も大切にするのは、踊りの時間を減らしたいからではありません。それも踊りを教えることの一部だからです。
カンテを聴く。ギターを聴く。コンパスを感じる。パルマを学ぶ。そして少しずつハレオも覚えていく。それらは振付の周りにあるものではありません。
それ全部がフラメンコです。
もちろん、私たちはもっと上手に踊りたい。足も、腕も、身体も、テクニックも、表現も、振付も磨いていかなければなりません。
でも、これだけは忘れないでほしいと思います。良い踊り手とは、自分が前で踊っている時だけを考える人ではありません。誰かが踊っている時に、後ろからきちんと支えることのできる人でもあります。
今日は誰かがあなたを支えてくれる。明日は、あなたが誰かを支える。それが仲間です。それが敬意です。そして、それもフラメンコなのです。
誰かが踊っている時、私はその人をちゃんと支えることができるだろうか?
そこにも、フラメンコを学ぶための大切な道があります。
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YouTubeで無料のパルマレッスン
パルマをもっと練習したい方のために、私のYouTubeチャンネルで無料で見られるパルマレッスンの再生リストを2つご紹介します。
AlitaDePollo
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