また、閉じた本のあのページから
更新日:5 日前
エレニータ、ローラ、そして子どもたちにも新しい物語が始まったコルドバの夜
人生という列車の中で、同じ車両に乗り合わせる人がいます。
しばらくの間、同じ景色を見て、話をして、夢を語り、若い時間を一緒に過ごします。
でも、いつか駅がやってきます。
誰かはそこで降り、誰かはそのまま先へ進みます。
家庭を持つ人もいれば、遠い国へ行く人もいます。
そして年月が過ぎていきます。
あの列車は、もうずっと遠くへ行ってしまったように思えることもあります。
ところがある日、懐かしい声を聞きます。
そして不思議なことに、人生の別の駅で、また同じ人たちに出会うことがあります。
エレニータとローラは、私にとってそんな友人たちです。
— ◆ —
それぞれの道を歩いた時間
二人と出会ったのは、私がまだ若かった頃のコルドバでした。
当時について今いちばん大切にしたいのは、その場所で出会うことのできた素晴らしい人たちのことです。
そして、その中には何十年という時間が過ぎた今でも、自分の人生の一部であり続けている友人たちがいます。
その後、人生は私たちをそれぞれ違う場所へ連れていきました。
私は日本へ渡りました。
仕事があり、家庭ができ、子どもが生まれ、責任が増えました。
毎日の生活の中で、気づかないうちに年月はどんどん積み重なっていきました。
それでも、不思議なことがあります。
長い間会っていなくても、自分の中からいなくならない人がいるのです。
エレニータとローラは、私にとってそんな存在です。
— ◆ —
もう一度、同じ駅で
今回スペインに帰っている間に二人から連絡をもらい、コルドバで夜に会うことになりました。
昔とは違います。
今回は二人の夫たちもいました。
子どもたちもいました。
テオもいました。
そして私もいました。
最初の予定では、本当に少しだけ会うつもりでした。
翌朝は母とテオと一緒にマラガへ向かうため、朝8時頃には出発しなければなりませんでした。
だから、「少し話して、早めに帰ろう」と思っていたのです。
でも、そんな予定通りにはいきませんでした。
話が始まりました。
昔の思い出。
今の生活。
家族のこと。
それぞれが歩いてきた時間。
笑って、話しているうちに、時計だけがどんどん先へ進んでいました。
— ◆ —
変わらない眼差し
その夜、私は何度もエレニータやローラ、そして彼女たちの夫の顔を見ていました。
もちろん、私たちはもう昔の若者ではありません。
身体も変わりました。
仕事も変わりました。
責任も増えました。
親になり、若かった頃には想像もしなかったことをたくさん経験してきました。
それでも、変わらないものがありました。
何年経っても、昔と同じように分かる眼差しがあります。
目の奥にある素直さや、少し子どものような輝き。
それを見た瞬間、昔の彼らを思い出しました。
何も変わっていないという意味ではありません。
たくさん変わりました。
だからこそ、その中に今でも残っているものを見つけられたことが嬉しかったのだと思います。
— ◆ —
そして子どもたちが話し始めました
でも、その夜いちばん驚いた出来事は、私たち大人のテーブルではありませんでした。
子どもたちが、「テオと一緒に座りたい」と言ったのです。
私は最初、こう思いました。
「どうやって話すんだ?」
テオはスペイン語をほとんど話せません。
彼らは日本語を話せません。
大人の私には、最初から大きな問題に見えました。
ところが、子どもたちにとっては問題ではなかったようです。
一緒に座りました。
分かる単語を使いました。
身振りを使いました。
表情を使いました。
そして笑っていました。
少しずつ、何かが通じ始めました。
何を全部話していたのか、私は知りません。
でも、それはあまり重要ではないように思います。
大切だったのは、彼らが「一緒にいたい」と思っていたことです。
結局、言葉はそれほど大きな問題ではありませんでした。
今回の旅で私は何度も同じことを感じています。
人を知りたいという気持ちや、相手に近づこうとする気持ちには、必ずしも翻訳は必要ありません。
— ◆ —
私たちの隣で始まった新しい物語
ある瞬間、私は自分たちのテーブルを見て、そのあと子どもたちを見ました。
そこで初めて、その光景がどれほど特別なのかに気づきました。
私たちが何十年も前に書いた物語を思い出しているすぐそばで、子どもたちは自分たちの物語の最初の一行を書き始めていたのです。
若かった頃の私たちに、「いつか夜中の3時まで一緒にいて、スペイン語と日本語の間で一生懸命分かり合おうとして笑っている自分たちの子どもを見るよ」と言っても、きっと信じなかったでしょう。
私たちは長い間、別々の道を歩いてきました。
それぞれ違う人生を作ってきました。
それでも物語はまた交差しました。
そして今度は、私たちだけではありませんでした。
友情の周りに、次の世代がいたのです。
子どもたちにとっては、まだただの楽しい一晩だったかもしれません。
何年かしたら細かいことは忘れてしまうかもしれません。
逆に、ずっと覚えているかもしれません。
それは分かりません。
でもあの夜、彼らは確かに出会いました。
それだけで、もう私たちの物語の一部です。
— ◆ —
誰も本を閉じたくなかった
時計はさらに進みました。
12時。
1時。
2時。
それでも話は終わりません。
誰かが、「明日は早いよ」と思い出します。
でも、また別の話が始まります。
もう一つ思い出が出てきます。
また笑います。
何年もの間、話していなかったことが次から次へと出てきました。
そして気づけば、別れたのは午前3時頃でした。
数時間後には起きなければならなかったのに、誰ももう一度その本を閉じる人になりたくなかったのかもしれません。
長く離れて暮らしていると、一緒に過ごせる時間の価値が少し変わります。
次にいつ会えるかは分かりません。
どの駅で会えるかも分かりません。
次に何駅、一緒に進めるのかも分かりません。
でもその夜だけは、また同じ車両で一緒に旅をすることができました。

私は彼らが大好きです。
私の友人たちです。
そしてあの夜、時間がすべての関係を壊してしまうわけではないということを、もう一度感じました。
友情の中には、一冊の本のようなものがあります。
何年も閉じたままになることがあります。
その間に埃をかぶり、それぞれが別の場所で別の物語を書いていることもあります。
でも、もう一度会えた時に本を開けばいい。
すると物語は、あの時閉じたページからそのまま続いていきます。
そして今回は、私たちが自分たちの物語を再び読み始めている隣で、子どもたちの新しい物語も始まっていたのかもしれません。
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AlitaDePollo

ベニ先生は息子さんに、とても素晴らしいプレゼントをしたと思います!
テオくんは、この夏の思い出を、きっと一生忘れないでしょう😊
かけがえのない一瞬の輝きの時間を、その瞬間を大事にいつも思い続けたいですね🙏✨❤️
それぞれの物語と物語が かさなりあい、わかれ、また かさなる!そして波の小さなアワのように、新しいものがたりたちが生まれる😍あぁなんて素晴らしい人生💕