そのままの自分で愛されること|ベニート・ガルシア
更新日:10月5日
父と母の愛情を思い出しながら、もう一度、神さまと話してみる。
子どものころ、毎晩、神さまにお祈りをしていました。いつかプロの踊り手になれますようにと、心から願っていました。
「神さま、僕の夢をかなえるために、力を貸してください。」
聞いてくれているように感じていました。あきらめずに挑戦し続ける力をもらっていました。そして、踊り続けました。年月がたち、あのころの夢は、私の人生になりました。
— ◆ —
その後、父が白血病になりました。
父は、私にとってすべてのような存在でした。晩年はとても苦しんでいました。それでも私は、父が本当に亡くなるとは思っていませんでした。病気だと分かっていても、目の前で起きていることが見えていても、父を失うことを、どこかで信じられずにいたのです。
父が亡くなったとき、私は神さまに怒りを感じました。
考えた末に信じるのをやめたわけではありません。「神さまはいない」と結論を出したわけでもありません。ただ、話しかけなくなりました。
私の言い方なら、「気にも留めなかった」ということです。
神さまに心を向けないまま、過ごすようになったのです。
そうして、長い年月が過ぎました。
— ◆ —
今、自然と、もう一度神さまを求める気持ちが生まれています。どう話せばいいのか、まだよく分かりません。それでも、また話しかけてみようとしています。
初めは、力をもらいたいのだと思っていました。生きること、芸術、人と関わることに向かう、あのエネルギーを取り戻したい。子どものころ、挑戦し続ける支えになっていた力を、もう一度感じたいのだと。
でも最近、心の中にあるものを言葉にしているうちに、これまでこんなにはっきり言えなかった思いが出てきました。
「愛されるために何かをしなくても、そのままの自分で愛されたい。」
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これまでの人生で、私はたくさん人を思い、大切にし、力になろうとしてきました。誰かに何かをしてあげたいという気持ちは、自然に出てきます。
「形だけではなく、本当に人を愛したい」と言うとき、私が伝えたいのは、心からそうしたいからする、ということです。
同じだけの愛情が返ってこなくても、人を大切にすることはできます。そうしてきたことも、何度もあります。
難しいのは、受け取って、その愛情を信じることです。
誰かが愛情を向けてくれても、ときどき、こんな考えが浮かびます。
「この人も、いつかはこの愛情をくれなくなって、今度は私が与え続けることを求めるのではないか。」
そうすると、素直に信じきれなくなります。愛情が続くように、すぐ何かをしなければならない。そんな気持ちになってしまいます。
少し前に、「私も受け取りたい」と言えるようになりました。自分から頼まなくても、誰かが私のことを思い出して、何かを考えてくれる。それが私にとって、どれほど大きな意味を持つのかに気づきました。
うれしいのは、何をするか以上に、「私のことを考えてくれていたんだ」と思える、その思いがけなさなのだと思います。
今は、そこからもう少し深いところにある気持ちが、見えてきています。
私がしばらく何もしてあげられないときにも、愛されていると感じたい。自分の愛情をうまく伝えられないときにも。その愛情を受け取った瞬間から、何かを返さなければならないと思わずに、受け取れるようになりたいのです。
それは私にとって、とても大きな贈り物だと思います。
— ◆ —
そんな愛情を、これまでに知ったことがあるだろうか。
そう自分に問いかけると、答えはすぐに出てきました。
「父と母。」
特に父を思い浮かべたとき、はっきりと感じました。父は私のことを誇りに思ってくれていました。
ただ、私が父の息子だから。
上手に踊る必要も、成功する必要もありませんでした。何かを成し遂げて、自分の価値を示し続けなくてもよかったのです。
私は父の息子で、父は私を愛してくれていました。
今、その記憶に立ち返って、私はすでにそんな愛情を知っていたのだと気づきます。難しいのは、今の自分も、その愛情を受け取っていいのだと信じることなのかもしれません。
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最近、「神さまは私の中にいる」と口にしました。その言葉の意味を、私自身、まだ探しています。
今は、それ以上うまく説明できません。もう一度神さまを求めて、長い間途切れていた会話を、始めようとしています。この先、どこへたどり着くのかは分かりません。
もしかすると私は、誰かに与え続けるための力とともに、何も差し出せないときにも、自分は愛されていると感じられるようになりたいのかもしれません。
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子どものころは、こう祈っていました。
「神さま、僕の夢をかなえるために、力を貸してください。」
今は、こんなふうに祈ってみたいと思います。
「神さま、愛されるために何かをしなくても、私は愛されているのだと感じられるように、教えてください。」
長い間、神さまに心を向けずにいた私が、もう一度話しかける。その始まりは、こんな言葉なのかもしれません。
AlitaDePollo
著者: Benito García。画像: BG PHOTO、AI生成画像。

親子関係は人間関係のなかで、いちばん大切なのでは ないでしょうか!?親に愛されないで育った人は、胸のおくに、怒りをひめ、怒りのおくに 悲しみをかかえて生きる。そう!子どもには、その そんざい すべて 受け入れてくれる愛が必要です❤️べに先生がご家族、ご近所の方々に本当に愛されて育ったことはよくわかります🙏❤️