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AL ANDALUS  ·  BG FLAMENCO  ·  NEWS

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Capítulo 2|見えないフラメンコ|Lo que no se ve

9月24日
読了時間: 12分

更新日:9月24日

Capítulo 2 · 見えないフラメンコ · Lo que no se ve · Entre bastidores|舞台裏


🎭 Entre bastidores|舞台裏

Capítulo 2

見えないフラメンコ

客席から見えない、舞台の中で起きていること

— Benito García —



フラメンコを観ているお客様は、いったい何を見ているのだろう。そんなことを、僕は時々考えます。

踊り手がいて、ギターがいて、歌がある。力強さや動き、コンパス、振付、エスコビージャ、レマーテが見える。

もちろん、それは全部フラメンコです。

でも舞台の内側では、客席からは見えにくいことが、もっとたくさん起きています。うまく言葉にできないことさえあります。

長い間、踊り、教え、フラメンコの中で生きてきて、僕がますます感じるのは、外から見るフラメンコと、その中にいるフラメンコはやはり違う、ということです。

どちらが上とか下とか、そういう話ではありません。ただ、見えている世界が違うのです。

コンパス

お客様も音楽を聴いています。僕たちも同じように聴いています。

でも舞台の中にいると、コンパスは単にリズムを追うものではありません。僕にとっては、その中に入って動く「場所」のようなものです。

今どこにいるのか。どこで入れるのか。どこで待つのか。どこで押すのか。どこで呼吸させるのか。まだ何も起きていないように見えても、次に何かが来る気配を感じることもあります。

外から見ると、音楽に合わせてステップを踏んでいるように見えるかもしれません。でも中では、同時にいろいろなことを聴きながら、ずっと判断をしています。

すべてが決まっているわけではない

外から見ると、全部がきっちり決められているように見えることがあります。

もちろん構成はあります。稽古もします。決めている部分もあります。

でも、構成があることと、毎回まったく同じように進むことは別です。そんなふうにはいきません。

カンタオールが違う歌い方をすることもある。ギターの呼吸が変わることもある。僕自身が「まだ入らないほうがいい」と感じることもあれば、「ここは早く入ろう」と思うこともある。待つこともあります。

そこが、僕はとても面白いと思います。生きているものと一緒に舞台を作っているからです。

本当に即興するには、たくさん知っていなければなりません。何でも好き勝手にすることではない。自分が今どこにいるのか分かっているからこそ、その中で自由に動けるのです。

視線

これは客席からは、ほとんど見えないことかもしれません。

でも舞台の上では、僕たちは本当によく目を合わせます。

たった一つの視線で「今」「待って」「続けて」「行くよ」「ここで終わる」と伝わることがあります。

言葉はいりません。

お客様が大きな動きを見ているその瞬間に、僕たちの間ではもっと小さなことが起きていることがあります。ほんの一瞬の視線。それだけで全部伝わる。

僕はこの部分がとても好きです。ひとりで踊っているのではなく、ほかの人と会話をしていると感じるからです。

「何もしない」ことを知る

これも、最初のうちはなかなか分かりにくいことです。

上手に踊るとは、たくさんやることだと思いがちです。たくさん足を打つ。腕を動かす。強く見せる。レマーテをたくさん入れる。

でも、いつもそうではありません。

時には「何もしない」ことのほうが難しい。待つ。聴く。動かずにいる。カンタオールが歌い切るのを待つ。ギターに話させる。必要のないところに入らない。

これは簡単ではありません。

沈黙もフラメンコの一部だからです。

そして、うまく置かれた沈黙には、二十個のステップより強い力があることがあります。

ステップだけではない

これは生徒たちにもよく言うことです。

ステップをきれいに覚えることはできます。僕と同じ動きをすることもできる。腕を同じ位置に置くことも、同じ数だけ足を打つこともできる。

でも、それだけでは同じ踊りにはなりません。

そこには、もう一つ必要なものがあります。

意図です。

なぜこのステップをするのか。何を伝えているのか。どこへ向かっているのか。攻めているのか。待っているのか。寄り添っているのか。呼吸しているのか。

まったく同じ動きをしていても、何かを伝える人と、そうでない人がいます。

だから僕にとってフラメンコは、振付を覚えるだけでは終わりません。

難しいことを自然に見せる

客席から見ると、とても簡単そうに見えることがあります。

歩く。止まる。腕を上げる。回る。じっと立って見る。

でも、そういうことほど難しいことがあります。

難しいことを自然に見せるためには、その裏にものすごく多くの練習があります。バランス、力、コントロール、持久力、コーディネーション。そして時間。何年もの積み重ねです。

体は少しずつ覚えていきます。

そして最後には、その努力が見えなくならなければいけない。

二十個のことを頭で考えているように見えてはいけない。そこに自然に存在しているように見えなければならない。

それがとても難しいのです。

カンタオールを聴く

僕にとって、これはとても大切です。

振付のことだけを考えて踊ることはできません。自分の次のステップを待っているだけで、歌を聴いていなければ、もうその瞬間から外れてしまいます。

カンタオールがどう息をするのか。どう歌い出すのか。どこを伸ばすのか。どう終えるのか。どこで強くするのか。どこで力を抜くのか。どこに空間を残してくれているのか。

自分の中では何かを決めていても、歌を聴いた瞬間に変えなければならないことがあります。

僕にとって、それがフラメンコです。

「次はこのステップ」と考えるのではなく、「今ここで起きていることの中に、自分も入っていかなければならない」と感じることです。

怖さも一緒に舞台へ出る

お客様が見るのは、もう舞台に出た後のアーティストです。

外からは、とても自信があるように見えるかもしれません。

でも出る直前には、頭の中にいろいろなものがあります。不安、迷い、怖さ。舞台へ入る前の、少し変な呼吸。

経験を積めば、それが全部なくなるわけではないと僕は思います。

ただ、それと一緒にいられるようになる。

そして時間が来たら出る。自信があってもなくても。怖くても怖くなくても。出る。

そこから全部が始まります。

家に持ち帰るもの

公演が終わると、お客様は拍手をしてくれます。それはとても嬉しいことです。

でも終わったあとに僕が思い出すのは、必ずしも拍手ではありません。

本当に小さな瞬間かもしれない。視線。沈黙。カンタオールがしたこと。ギターの返し。みんなが同じ場所にいると感じた瞬間。

あるいは、何かがうまくいかなくて、それをみんなで立て直した瞬間かもしれません。

お客様は気づかなかったかもしれない。でも僕たちは分かっています。

そういうものが残ります。

僕はよく、いちばん派手だった場面ではなく、「本当に何かが起きた」あの一瞬を家に持ち帰ります。

フラメンコは、踊り・歌・ギターだけではない

フラメンコを説明するとき、僕たちはよく「踊り、歌、ギター」と言います。

もちろん、それで間違いではありません。

でも僕にとって、フラメンコはもっと大きなものです。

話し方がある。コードがある。目を合わせる方法がある。敬意がある。寄り添い方がある。記憶がある。

黒板の前に座らなくても、誰かから教わることがあります。百回見て、やっと分かることもある。ある日、突然分かることもあります。

そしてフラメンコは変わっていきます。進化もします。

死んだものではありません。生きています。

だからこそ、すべてを一つの定義の中に入れるのが難しいのだと思います。

見えていないところで起きていること

結局、お客様は踊りを見て、歌を聴き、ギターを聴きます。

でも舞台の中では、それ以外にもたくさんのことが起きています。

僕たちは聴いている。言葉を使わずに話している。迷っている。待っている。判断している。怖さを感じている。体をコントロールしている。そして、相手のために空間を残している。

そのすべてが、ほんの数秒の中で起きています。

僕にとってフラメンコは、見えているものだけではありません。

僕たちの間で起きていることも、フラメンコです。

長くやってきた今でも、僕がフラメンコを好きでいられる理由の一つは、きっとそこにあります。

たくさん勉強できる。たくさん稽古もできる。準備もできる。

でも本番になったら、どうしても最後まで準備しきれないものがあります。

それは、その場で起きなければならない。

そして本当に何かが起きたとき、お客様は何が起きたのか説明できなくても、たぶん感じてくれています。



🎭 Entre bastidores|舞台裏

Capítulo 2

Lo que no se ve

Lo que ocurre dentro del flamenco mientras el público mira

— Benito García —



Muchas veces me pregunto qué es lo que realmente ve el público cuando mira flamenco.

Ve un bailaor.

Ve una guitarra.

Escucha a un cantaor.

Ve fuerza, movimiento, compás, una coreografía, una escobilla, un remate.

Y claro que todo eso está ahí.

Pero desde dentro del escenario pasan muchísimas más cosas.

Cosas que a veces ni siquiera se pueden explicar bien.

Después de tantos años bailando, enseñando y estando rodeado de flamenco, hay algo que cada vez tengo más claro: una cosa es mirar el flamenco desde fuera y otra muy distinta es estar dentro.

Y no lo digo como algo mejor o peor.

Simplemente es diferente.

El compás

El público escucha la música.

Nosotros también.

Pero cuando estás dentro, el compás no es solo seguir el ritmo.

Para mí es como estar dentro de un sitio.

Tú sabes dónde estás.

Sabes dónde puedes entrar.

Dónde tienes que esperar.

Dónde puedes apretar.

Dónde puedes dejar respirar.

Y también sabes cuándo algo se está preparando aunque todavía no haya ocurrido.

Desde fuera puede parecer que estamos haciendo pasos encima de una música.

Pero por dentro estamos escuchando muchas cosas a la vez.

Y estamos tomando decisiones todo el tiempo.

No todo está escrito

A veces el público puede pensar que todo lo que hacemos está preparado.

Y sí, claro.

Hay estructura.

Hay ensayos.

Hay cosas que sabemos.

Pero una cosa es tener una estructura y otra que todo ocurra exactamente igual.

Eso no pasa.

El cantaor puede hacer una cosa diferente.

La guitarra puede respirar de otra manera.

Yo puedo sentir que todavía no tengo que entrar.

O que tengo que entrar antes.

O que hay que esperar.

Y ahí está una de las cosas más bonitas.

Que estamos trabajando con algo que está vivo.

Para improvisar de verdad hay que saber mucho.

No es hacer cualquier cosa.

Es saber dónde estás para poder moverte dentro.

Las miradas

Esto desde fuera casi no se ve.

Pero nosotros nos miramos mucho.

Una mirada puede decir perfectamente:

«ahora».

«espera».

«sigue».

«voy».

«termino».

Y no hace falta hablar.

Hay veces que el público está mirando un momento muy fuerte del baile y, sin embargo, entre nosotros ha ocurrido algo mucho más pequeño.

Una mirada.

Y con eso ya está dicho todo.

A mí esa parte me gusta muchísimo.

Porque ahí sientes que no estás bailando solo.

Estás hablando con los demás.

Saber no hacer

Esto también cuesta mucho entenderlo.

Sobre todo cuando uno empieza.

A veces creemos que bailar bien es hacer mucho.

Muchos pies.

Muchos brazos.

Mucha fuerza.

Muchos remates.

Pero no siempre.

A veces lo más difícil es no hacer.

Esperar.

Escuchar.

Quedarte quieto.

Dejar que el cantaor termine.

Dejar que la guitarra hable.

No meterte donde no hace falta.

Y eso cuesta.

Porque el silencio también forma parte del flamenco.

Y muchas veces un silencio bien hecho tiene más fuerza que veinte pasos.

El paso no lo es todo

Esto se lo digo mucho a mis alumnas.

Puedes aprender perfectamente un paso.

Puedes hacer el mismo movimiento que yo.

Puedes colocar el brazo en el mismo sitio.

Puedes hacer los mismos golpes.

Pero eso todavía no significa que estemos bailando lo mismo.

Porque falta una cosa.

La intención.

¿Por qué haces ese paso?

¿Qué estás diciendo?

¿A dónde vas?

¿Estás atacando?

¿Estás esperando?

¿Estás acompañando?

¿Estás respirando?

Dos personas pueden hacer exactamente lo mismo y una decir algo y la otra no.

Por eso para mí el flamenco nunca puede quedarse solamente en aprender coreografía.

Lo difícil es que parezca natural

Hay cosas que el público ve y parecen fáciles.

Caminar.

Pararte.

Levantar un brazo.

Dar una vuelta.

Quedarte quieto mirando.

Y muchas veces esas cosas son dificilísimas.

Porque para que algo parezca natural hay muchísimo trabajo detrás.

Equilibrio.

Fuerza.

Control.

Resistencia.

Coordinación.

Horas.

Años.

El cuerpo aprende poco a poco.

Y llega un momento en que todo ese trabajo tiene que desaparecer.

No puede parecer que estás pensando en veinte cosas.

Tiene que parecer que simplemente estás ahí.

Y eso cuesta muchísimo.

Escuchar al cantaor

Para mí esto es fundamental.

No se puede bailar pensando solamente en la coreografía.

Si estás esperando tu paso y no estás escuchando, ya estás fuera.

Hay que escuchar cómo respira el cantaor.

Cómo empieza una letra.

Cómo la estira.

Cómo la termina.

Dónde aprieta.

Dónde afloja.

Dónde te está dejando un espacio.

Y a veces tú llevabas una cosa pensada y el cante te obliga a cambiarla.

Eso para mí es flamenco.

No decir:

«ahora toca este paso».

Sino decir:

«esto es lo que está pasando ahora, y yo tengo que estar dentro de esto».

El miedo también sale contigo

El público ve al artista cuando ya está en el escenario.

Y desde fuera puede parecer que uno está muy seguro.

Pero antes de salir pueden pasar muchas cosas por la cabeza.

Nervios.

Dudas.

Miedo.

Esa respiración rara antes de entrar.

Yo creo que eso no desaparece porque tengas experiencia.

Aprendes a convivir con ello.

Y llega el momento en el que tienes que salir.

Con seguridad o sin ella.

Con miedo o sin miedo.

Sales.

Y ahí empieza todo.

Lo que uno se lleva a casa

Cuando termina una actuación, el público aplaude.

Y eso es bonito.

Pero muchas veces lo que yo recuerdo después no tiene nada que ver con el aplauso.

Puede ser un momento pequeñísimo.

Una mirada.

Un silencio.

Algo que hizo el cantaor.

Una respuesta de la guitarra.

Un momento en el que sentiste que todos estábamos en el mismo sitio.

O incluso algo que salió mal y que conseguimos resolver juntos.

A lo mejor nadie lo vio.

Pero nosotros sí.

Y eso se queda.

Yo muchas veces me llevo esas cosas a casa.

No necesariamente el momento más espectacular.

Sino ese instante en el que pasó algo de verdad.

El flamenco es mucho más que baile, cante y guitarra

Cuando intentamos explicar el flamenco decimos siempre lo mismo:

baile, cante y guitarra.

Y está bien.

Pero para mí el flamenco es mucho más grande.

Hay una forma de hablar.

Hay códigos.

Hay formas de mirarse.

Hay respeto.

Hay maneras de acompañar.

Hay memoria.

Hay personas que te enseñan cosas sin sentarte delante de una pizarra.

Hay cosas que aprendes después de verlas cien veces.

Y hay cosas que un día entiendes de repente.

También cambia.

También evoluciona.

No está muerto.

Está vivo.

Y seguramente por eso es tan difícil meterlo todo dentro de una definición.

Lo que muchas veces no se ve

Al final el público ve el baile.

Escucha el cante.

Escucha la guitarra.

Pero dentro del escenario hay muchas otras cosas ocurriendo.

Estamos escuchando.

Estamos hablando sin hablar.

Estamos dudando.

Estamos esperando.

Estamos tomando decisiones.

Estamos sintiendo miedo.

Estamos controlando el cuerpo.

Estamos dejando espacio al otro.

Y todo eso ocurre en segundos.

Para mí, el flamenco no es solamente lo que se ve.

Es también lo que pasa entre nosotros.

Y quizá eso sea una de las cosas que más me siguen gustando después de tantos años.

Que puedes estudiar muchísimo.

Puedes ensayar muchísimo.

Puedes tener todo preparado.

Pero cuando llega el momento de verdad, hay algo que no se puede preparar del todo.

Tiene que ocurrir.

Y cuando ocurre, incluso aunque el público no sepa exactamente qué ha pasado, lo siente.


— Benito García —

1件のコメント

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Takao
Takao
9月24日
•
Rosa Cardマスタークラス
5つ星のうち5と評価されています。

去年、タブラオ ベルデで 本当に

すぐ近く、すぐよこで カンテ、ギター、バイレを見た時、カンテ、ギターの人が こんなに しんけんに踊る人を見てるんだ‼️とオドロキました🤩会話してるんですね。フラメンコと歌舞伎は似ていると言われますが、フラメンコとジャズも似ているかもしれませんね♥️

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