大阪で心に残る一日:旅とタブラオ、ケイコさん
更新日:6 日前
2026年4月12日に公開した旅と公演の記録です。写真内の公演案内や日時・価格は当時の資料で、現在の告知ではありません。
— ◆ —
朝8時53分、家を出ました。ただ大阪へ向かうだけではありませんでした。何かが始まる前から、すでに始まっている一日でした。バトレを預けてきました。大丈夫だと分かっていても、心の一部はそこに残ります。それもまた旅の一部です。
— ◆ —
東京駅に着いた時、まわりは整っていたのに、自分の中はまだ途中でした。人、電車、画面を見ていても、気持ちは半分どこかにありました。家でもない。大阪でもない。その間にいる時間でした。
そして新幹線が来ました。心の中は静かでした。迷いもありませんでした。ただ、すべてが揃う瞬間でした。乗り込み、あとは流れに任せました。
車窓から富士山が見えました。堂々としていて、静かで、何も急いでいないように見えました。その時、自然に思いました。すべては来るべき時に来るのだと。
— ◆ —
大阪。タブラオ。ケイコさん。そして最初に感じたのは、やさしさでした。作れるものではない、本当のあたたかさでした。ケイコさんは大きな喜びと芸で迎えてくれました。リハーサルもとても良く、すでに夜が特別なものになることが分かりました。
— ◆ —
そして本番。カーニャをケイコさんと踊りました。すべてが自然に流れ、身体がひとりでに動いていくようでした。その時、この一日にはちゃんと意味があったのだと分かりました。
一回目のステージが終わり、次はソレア。味があり、喜びがあり、そして何より仲間がいました。ユキオのギター、カンテ、共演者たちのパルマ。ただの伴奏ではありませんでした。支えでした。そしてその時、遠くにいながら家のように感じる、あの不思議で美しい感覚がありました。
二回目のステージでは、やはり思い通りにならない部分もありました。でも、そこにこそ美しさがあります。フラメンコは間違いを避けるものではありません。大きくして、意味のあるものに変えるものです。
だからこそ、フラメンコは人生に似ています。人は間違えます。でも、その間違いは終わりではありません。そこには味があります。不完全さの味、生きた時間の味、本当のものの味です。その味がなければ、前には進めません。
タブラオが終わった時、残ったのは緊張ではなく、喜びと真実でした。お客さんは近くて、温かくて、ただ見ているのではなく、一緒にいてくれました。
— ◆ —
ミゲロンも来てくれました。ただそこにいるだけで、その時間の価値を深くしてくれる人がいます。
その後は寿司。笑い。静けさ。そしてケイコさんの大きなもてなし。きれいなスカーフのプレゼントもいただきました。でも大事だったのは物ではありません。気持ちでした。今日という日が美しかったという、そのしるしでした。
ホテルに戻って、一日が静かになった時、残った言葉は一つだけでした。幸せ。とてもシンプルな言葉ですが、いつも簡単に手に入るものではありません。
ケイコさんへ。仲間たちへ。お客さんへ。そして、こんな大きくて美しい時間を可能にしてくれるすべての人へ。ありがとう。
過ぎていく日もあります。心に残る日もあります。この日は、残ります。
ベニ
— ◆ —
日本で本当のフラメンコの時間をもっと見たい方は、BG Flamenco Academy、Instagram @benitogarcia_japon、そして BG Flamenco のチャンネルをご覧ください。

コメント